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中国时间: 16:25 2016年12月09日星期五

何清涟: 在权力与笼子前的抉择


近日最震撼世界的消息,就是前埃及总统穆巴拉克于8月3日被关进笼子里受审。这一消息带给世界的感觉有如打翻了五味瓶,一些饱受压迫的发展中国家人民看到昔日辉煌如日月的穆巴拉克父子的今天,感到吐了胸中一口闷气;而世界暴政俱乐部的成员——至今仍然高居权力宝座的独裁者们,却从穆巴拉克父子的凄凉现状里嗅到了自己未来命运的气息。

在世界暴政者俱乐部的成员当中,与金正日、卡扎菲、穆加贝等人相比,穆巴拉克实在算得上是好人。他既不象金二那样子承父业,也不是如同卡扎菲一样依靠发动政变上台。与津巴布韦的穆加贝相比,他简直可称作“仁慈”。他以农民之子的寒微身份,自强不息成为军界帅才。在 1973年那场号称“打破了以色列不可战胜神话”的“十月战争”中发挥了关键作用,为自己的国家和军队立下了汗马功劳,因而成为萨达特选定的接班人。萨达特遇刺之后,穆巴拉克成为众望所归的新总统。自1981年上台执政以来,穆巴拉克一直坚持“和平、稳定、发展”战略,在国内经济改革中施展才干,在复杂的国际外交舞台上崭露头角,掌握着埃及之舵破浪前进。由于政绩显著,他赢得了各政党和民众的信任。在1987年、1993年和1999年以惟一候选人身份参选的三次总统选举中,穆巴拉克均以96%以上的支持率当选。

穆巴拉克如果不是过分迷恋权力,想将手中权杖传给爱子,在2005年第四次总统选举前光荣退位,他将如同纳赛尔一样,成为埃及人民长期缅怀颂扬的传奇。这一年埃及在美国的压力下修宪,总统竞选从“一个人的游戏”变成了多位候选人竞争,穆巴拉克凭借他的声望在选举中轻易胜出,从此他更相信他的国家、他的人民离不开他。但在第四任总统任期内,埃及的社会经济状况恶化:物价飞涨:2008年埃及通胀率高达20.2%,达埃及20年来最高水平。失业率居高不下,2009年失业率高达接近10%。政府严重腐败,官员以权谋私日趋严重。房价飙升:部分城市接近中国前两年的水平,令埃及普通百姓难以承受。贫富分化严重,占人口总数20%的富人占有社会财富总量的55%。社会经济状况恶化,加上穆巴拉克家族成员暴富的传说悄悄流传,使这位英明领袖头上的光环变成了荆棘之冠。

埃及人民不相信这位年逾80的老总统能够继续率领埃及走出阴影,他们希望开始新的政治旅程。历史曾给这位当年的老英雄留下一个机会,只要穆巴拉克宣布他不再参加总统选举,让人民重新选举更合适的领导者,也许历史就会改写。但英雄迟暮,政治嗅觉失灵,他不想顺应民意,主动结束埃及的独裁政治,因此有了穆氏父子被关进笼子里受审的场面出现。穆巴拉克的个人命运正好为2011年的中东北非革命做了生动的注脚:独裁者不肯将权力关进笼子里,最终结果就是将自己关进笼子里。

穆巴拉克以如此羞辱的方式受审,让世界感到震惊。穆氏受审的次日,即8月4日,叙利亚总统巴沙尔·阿萨德于签署法令,允许叙利亚实行多党派政治制度,并规定不许以“宗教、部落、地区利益、专业组织”等为建立政党的基准;也不允许政党以种族、性别或人种歧视为建党基准。同时,该法令还允许这些政党与自1963年来一直执政的阿拉伯复兴社会党(Baath party)有同样的运作功能。

在民主化潮流不可阻挡之时,叙利亚总统阿萨德算是识时务的俊杰,阿萨德的个人命运及家族命运也许将因此获得一个不坏的结局。

网上流传一篇伪托美国布什总统在2004年7月4日的演讲:“人类千万年的历史,最为珍贵的不是令人炫目的科技,不是浩瀚的大师们的经典著作,不是政客天花乱坠的演讲,而是实现 了对统治者的驯服,实现了把他们关在笼子里的梦想。因为只有驯服了他们,把他们关起来,才不会害人。我现在就是站在笼子里向你们讲话。”

这段话被广为引用,而且不因为它的真实作者并非小布什而失去其意义。现在还在还坚持独裁极权的国家,其领导者真应该在权力与笼子前尽快做出抉择:是将权力关进笼子,还是最后让自己被关进笼子?

何清漣@HeQinglian:ブログ;《権力の座と鉄籠格子の選択》
Translated by @tkucminya Takeuchi Jun
digi-hound.com/takeuchi/
minyamac@nifty.com

近頃、一番世界を震撼させたニュースはエジプトのムバラク元大統領が鉄の籠に入れられたまま尋問を受けたことだ。このニュースは世界をして、なんとも複雑な気分にさせた。http://ow.ly/5WIkM

圧政下の発展途上国の人民は、かって望月の欠ける処なき権力者だったムバラク親子の姿を見て鬱憤が晴れた思いだろう。一方、世界の「暴政倶楽部」の王座に君臨するメンバーたちは、ムバラク親子の尾羽打枯らした姿から自らの運命の近づいて来たニオイを嗅いだかもしれない。

世界の「暴政倶楽部」のボスどもの間では、金正日や、カダフィ、ムガベに比べるとムバラクはマシだった、といえるだろう。金親子のような世襲はやらず、カダフィのようなクーデターにも依らず。ジンバブエのムガベに比べれば”慈悲深い”とさえ言えた。

貧しい農民から頑張って軍のトップとなり、1973年の「無敗イスラエルの神話を打破した」十月戦争で要の役割を果たし、国家と軍に大手柄をたて、サダトの後継車となり、サダト暗殺後、新大統領となった。

1981年政権について以来、一貫して”平和””安定””発展”の戦略をとり、国内経済改革を進め、複雑な外交舞台で頭角を現し、エジプトの舵取り として前進してきた。この結果、各政党と民衆の信任を得て、87,93、99年の唯一の候補として3度大統領選挙に臨み、96%以上の支持率で当選した。

ムバラクがもし権力に恋々として、我が子を後継に、などとおもわず、2005年に勇退していたら、ナセル同様、人民が長く懐かしいと思えるような伝説の人となっただろう。

この一年、米の圧力下で憲法を修正し、大統領選に複数候補を立てる制度になったが、それでも彼の声望をもってすれば容易に勝利し、さらに自国の民に「ムバラク無くして国家無し」と思わせられたであろう。

しかし、第4期大統領任期内にエジプトの社会経済状況は悪化した。インフレは激しく20.2%、ここ20年間の最高となり、失業率は高止まり09年には10%近くとなった。政府の腐敗は甚だしく、官僚の汚職は日を追ってひどくなった。

家賃も高騰し、一部の都市部のそれは中国のこの2年と同様、国民にとって堪え難いものであった。貧富の差は酷くなり、20%の富裕層が社会の 55%の冨を支配した。それに加えて、ムバラクの家族が大儲けしたという風評が、この英明なリーダーの栄光の王冠を一挙に、イバラの冠に変えてしまったの だ。

エジプトの人民はこの80歳を過ぎた老総統がエジプトを立て直せるとは思わず、別の新しい道を望んだ。歴史は老英雄に一つのチャンスを与えた。もしムバラクが出馬しない、とさえ言って、よりふさわしい候補を国民に選ばせていたら、歴史は又違ったものになったかもしれない。

だが、英雄は老い、政治嗅覚を失っていた。民意に添って独裁政治を止めなかった。その結果、親子は今、鉄格子の中で取り調べを受ける場面が曝されて いる。彼の命運はまさに2011年、中東北アフリカ革命の激動の生きた注釈と化し、独裁者が自ら権力を箱に戻さなければ、自分が箱に入る、ことを示した。

ムバラクのこの様な屈辱的な姿は世界を震撼させた。この翌日の8月4日、シリアの大統領は、シリアの多党制を認め、宗教や地域、職業などを基準にし た政党や、性別、部族などを基準にした政党もゆるされなくなる法令に署名した。同時にこの法令は63年以来政権にあるバース党にも適用されると。

民主化の潮流がどうにも止められない時、シリアのアサドは優秀だったと言える。アサド故人と家族の運命はおそらくこれによって、救われるかもしれない。

ネットの上ではブッシュ大統領が2004年7月四日に演説に見せかけた「人類の千年、万年の歴史で、尤も貴重で珍しい事はすばらしい科学技術の発 明でも、偉大な天才達の著作でも、人々を感動させるりっぱな演説でもなく、支配者どもをおとなしくさして、連中を鉄籠の中に閉じ込める夢を実現することで ある。なぜなら、彼らを大人しくさせて、閉じ込めてこそ、はじめて連中は人に害をなさくなるのだから。私は今、檻の中から君たちに演説しているのだ」と。

この話は広く伝えられたが、それはブッシュの偽物が作ったから、とかそういうことではなく、現在もいまだに、堅固な独裁国家において、その指導者 は、まさに鉄籠と権力の前で決断すべきだからである。すなわち、権力を籠に戻すか、それとも自分がやがて鉄の籠に入るか、という選択である。(終)
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